毎年、桜が咲き始めるこの季節は決まって僕のブログへの問い合わせが増える時期である。
とりわけこの春から新しい生活を始めたばかりの、10代後半から20代前半の女性からのメッセージが目立つようになるのだ。
「春だから」という理由は、一見すると短絡的に聞こえるかもしれない。しかし人間の本能的な欲求と季節の移ろいは決して無関係ではない。
新しい環境、新しい人間関係、そして新しい自分。
期待と不安が渦巻く中で「何かを壊し、新しくなりたい」という根源的な衝動が、SMというこれまで選ばなかった選択肢の扉を叩かせるのではないだろうか。
解放を求める、春の衝動
僕自身、地方から東京に出てきたのは20代の頃でだった。
当時は経営者になるなど想像もしていなかったが、「今の自分ではない何者かになりたい」という強烈な渇望だけは今でも鮮明に覚えている。
慣れない都会での孤独に苦しんだこともあったけど、それ以上に日々が刺激的だった。
だからこそ春という季節が持つ、人を大胆かつ開放的にさせる力を僕もまた知っているのだ。
この時期に連絡をくれる女性たちの多くも、かつての僕がそうであったように新しい環境で自分自身の輪郭を探し求めている。
彼女たちのメッセージに共通するのは、「SMに興味があります」「誰にも言えなかったけど興味があります」という言葉の裏に隠された「支配されたい」という切実な叫びである。
「初めて」の告白に含まれる性の本質
先日、これから東京での大学入学を控える女性から一通のメッセージを受け取った。
そこには、具体的なSM行為への好奇心――例えば、縄で縛られることへの興味、首輪を着けられることへの屈辱と興奮――そういったものが赤裸々に、不安も含みながら綴られていた。
彼女たちに共通するのは秘めた好奇心や、、誰かに自分の弱い部分を認められたいという強い承認欲求である。
自らの弱さや不完全さを自覚した上で、他者の手に委ねられることでしか見つけられない「新しい自分」があることを本能的に理解しているのだ。
学生であっても大人であっても、その本能に変わりはない。
その一歩を踏み出す勇気は、とても尊い。
SMとは「破壊」と「再生」を楽しむもの
「調教」や「SM」という言葉には暴力や恐怖といったイメージがつきまとう。それはある一面では真実だ。
しかし僕が女性に与えたいのは単なる一方的な暴力や支配ではない。それは、相互の絶対的な信頼関係の上で初めて成立する、「破壊」と「再生」の関係性だ。
手足を拘束することで感覚は逆に研ぎ澄まされ、自分自身の内面と向き合わざるを得なくなる。
日常のあらゆる選択から解放され、ただ与えられた役割に没頭する時間。命令に従い、痛みを受け入れ、快楽に溺れる。
それは真面目な学生の仮面の下に抑圧している、君自身の本性を解放するための時間なのだ。
僕の役割は一方的な支配者ではない。君が安全に自己の限界を探求し、その先の新しい景色を見るための経験豊富なガイドのようなものだと思っている。
セーブの効かない、性欲に溺れる男性には注意したほうがいい。
まったく新しい世界を経験しよう
新しい生活が始まり、様々なことが変わるだろう。
僕はSMや主従関係を通して、あなたが人生でしたことがない経験ばかりを提供したい。
学生同士ではいかないようなレストラン。夜景の綺麗なバー(ノンアルコールも楽しめる)。
プライベートのSMルームでの調教体験。
これから新生活にのぞむあなたに、普通に生きていたら経験することがないような時間を共有したい
まずは会って話してみたいという程度でいい。興味のある女性は下記のリンクから「食事をしてみたい」と問合せをしてみて。