僕は複数の会社を経営しているが、毎年夏にはまとまった休みを取ってヨーロッパを旅している。
今年はギリシャを中心に回ることにした。
目的はひとつ。
主従関係を築いている女子大生のサブミッシブと一緒にその関係性をより深く育てること。
彼女は都内の大学に通う三年生、21歳。
勉強も真面目に取り組んでいて、来年の就職活動に向けての準備も怠らない。
その一方で、「私の中の従いたい欲を、海外という非日常で試してみたい」と言ってくれた。
ギリシャは、僕にとっても思い入れのある土地だ。
太陽と石の国。秩序と混沌が混ざり合う、美しい場所。

なぜギリシャで主従関係を試すのか
アテネの遺跡を歩いていて思うのは、「すべてに形がある」ということ。
神殿にも、彫像にも、細かい掟がある。そしてそれを守るからこそ美しい。
主従関係も、実はそれに近い。
ルールと合意があるからこそ、人は自由になれる。支配があるからこそ、安心して身を委ねられる。
「知らない国で誰にも自分を知られないからこそ、ご主人様の命令だけを頼りにできる気がします」
彼女はそう言って、少し緊張した表情でアテネの空港に降り立った。
アテネでは「静かな命令」を

ギリシャで最初に滞在したのはもちろんアテネ。パルテノン神殿の見える丘の上の小さなホテルに部屋を取った。
この街では、言葉を使わない支配の練習を重点的に行った。
手首を軽く指で押す → 水を飲んでいい
肩甲骨に二本指で触れる → 一歩前へ
このレベルの「非言語指示」を、彼女がしっかり受け取って実行してくれるたびに僕の支配欲は満たされ、彼女は誇らしげに微笑んだ。
パルテノンの静寂に囲まれて交わされる無音の命令。
あの瞬間こそ、旅のなかで最も官能的だったかもしれない。
サントリーニでは「羞恥と従属の境界線」を探った


白い建物と青い屋根の島、サントリーニ島へ移動したのは旅の中盤。
ここでは、羞恥心と従属の境界線を探るような調教を行った。
美しい景色のなかで、露出や緊張をあえて取り入れることで彼女の「感じる回路」を拡張していった。
たとえば、ヴィラのテラスで小さなチョーカーを着けさせる。
誰にも気づかれないシンプルなデザインだけど、彼女にとっては「私はあなたのものです」という明確な意味を持つ。
「見られていないと分かっているのに、私の中では裸になったみたいな気がしました」
羞恥と快感の境界をコントロールするのはドミナントの技術だと思う。
クレタ島では「日常の服従」を習慣化

旅の終盤は、クレタ島の港町で数日過ごした。
セックスそのものよりも、関係性が快感だった
もちろん、夜の時間もあった。
けれど今回の旅ではセックス以上に「関係性そのもの」が快感だった。
たとえば、彼女が僕の荷物をそっと整理していたりホテルの鍵を無言で差し出す瞬間。
そこに感じるのは、所有欲ではなく、信頼と尊重の匂いだった。
支配とは、単に命令を下すことじゃない。
相手の心を預かること。預けてもらうこと。
このギリシャの旅で、その感覚を僕たちは深く確認できた気がする。
旅のあと、彼女が語った言葉
帰国後、カフェで彼女と会った時にふとこんな言葉をくれた。
「ご主人様と過ごす時間のなかで、自分の中の服従心が初めて肯定された気がしました」
主従関係は表には出しにくいものかもしれない。
でも、それがあったからこそ彼女はひとつ自分自身の輪郭を知ったのだと思う。
来年の夏も、またこの国に戻ってこようと思っている。
今度はもう少し深く、もう少し静かに、ふたりの関係を育てるために。

